100記事目は・・ほぼ日的「友の死」
本日の『新選組!』withほぼ日テレビガイドから
↓糸井さんの言葉より抜粋。

武家政治の終わりを象徴するような山南が、
死ぬにしても、
自分の死体から芽が出るようにということで
最後の切り込みをやったように思うんですよ。
それは、決断ですよね。
戦で敵がいっぱいいるところに
刀でもって斬り込んでいくのと、
内部に向かって刀を斬り込むことということは
仕事としては同じだと思うんですよ。
自分の命を盾にして斬り込むことと
自分の命に対して斬り込むことで
自分をささえている
内側への戦をしているわけでしょ。
その意味で種はまいたんです。

「自分の死体から芽が出るように」
このくだりに私の中でもやもやした気持ちが晴れました。
わかりやすい表現で読み手に「伝わる言葉」を
持っている糸井さんて改めてスゴイですね。




そこで導き出した私なりの「答え」

副長が山南さんを助ける場面。
あのとき副長は山南さんの実践力のなさを瞬時にして嗅ぎ取った。
そして山南さんも差し出された手を自嘲気味に笑みを浮かべて
握り返すことに甘んじた。
この時点でお互いの中の役割分担がはっきり分かれたと思うんですよね。
それまでは一緒に局長を支えていこうと二人並んで歩んできたが
土方は最前線で山南は後方支援で・・というように。
これで池田屋での歳三の言動も納得がいきます。

とは言え、山南さんの智に関する部分は
歳三には持ち合わせていないものだから
そこはきちんと敬意を払っている。
多少暴走気味な行動にでても山南さんが必ず諌めてくれる。
土方は山南さんとのやり取りの中で、最終的に貫くにしても、
その正論をねじ込めることで自分の中の強い信念を再確認して
きた気がするんですよ。組のためにこれでいいんだ、と。
最後に山南さんを見つめた歳三の目は
「なんで逝っちまうんだ・・・」と悔しげに訴えかけるようだった。

そして山南さん。清河を逃してやったのも、鴨暗殺の際に
平間を斬らなかったのも、思想としての部分が大きいとは思うが、
実践向けではないことも思い知った。
自嘲気味に土方の手を取った彼はそれ以来ずっと自分の居場所を
模索し続けていたのだろう。
「悔やむことはない。君は正しかった」
歳三を肯定した彼が最期に剣で斬り込んだのは己だった。

森の木は朽ち倒れたあとも、その上に落ちた種がその木を養分として
成長する。姿はなくなったとしても若木の中に生きつづける。

山南総長は死んでなお皆の心の中に生きつづけているのだから、
悲しいけれど寂しくはない・・と思うことにします。

おしまいに・・いつもお越しくださってる皆さま、
コメントを残してくださる皆さま、どうもありがとうございます。
これがちょうど記念すべき100件目の記事になりました。
もちろん最初の記事も28件目も75件目もどれも同じ思いで書いたことには
かわりはありませんが、キリが良いので、ごあいさつさせていただきます。
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by Alice_Wendy | 2004-08-27 12:17 | シンセングミ
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