世が世なら・・・
将軍様になっていただろう
徳川十八代宗家德川恒孝(つねなり)さん
徹子の部屋に御登場。

おぉ家康公の風貌をどことなく感じさせるタヌキ顔!
三分の一過ぎた頃から見たのが残念ですが
よく響く低めのお声で朗らかに笑う方でした。

まぎれもなく葵の紋のついた小刀。
それも素手で触ってますよ。
すっごいお宝ですよ。
鑑定団に出したほうが良いんじゃないんですか?
いいんですか?(庶民感覚)
表にも裏にも葵の紋。黒塗りの箱にも葵の紋。
この紋所が目に入らぬかーーーっ!
ははーーーっ(平伏)って感じでしたね。



ずっと開けずにあった長棹の中に入っていたものは
皇女和宮様の着物だった。
桐のタンスに入っていたから虫一つついてなかったそうだ。
やっぱ桐のタンスはいいらしいよ。

幼少のときは会津松平家の方にいたらしいが
悪さをするとお手伝いさんに
「なり様、そんなことをすると城が落ちますよ」と叱られたそうだ。
そう言われるとわからないながらも神妙な気持ちになったそうだ。
ていうか叱られることが違うよなぁ・・・殿だよなぁ。
会津と聞いてちょっとじ~んときた私。
(会津松平家から養子に入ったそうです。
ということは容保公のご子孫でもあるということですね!)

信長と秀吉のご子孫のインタビューを見た徹子さん。
どちらも学習院で学ばれたが歴史の時間は
ご先祖の活躍された戦乱の世のところはとばされたらしい。
恒孝さんも学習院だそうだが江戸時代は長いので
さすがにとばすことはなかったらしい。
が、徳川の系図のテストが全部書けなくて
「君だけは出来ないと・・・」と叱られたらしい。
やっぱいいんだ、庶民のうちらが書けなくても(汗)
学習院といえば皇太子も通われてますよね。
先生もやりにくいですよね。

武士が質屋に戦いに使うことのない刀を預け、
虫干しまでさせている事実を耳にした吉宗は
それこそ家康公が目指した刀のいらない
天下泰平の社会なのだと言ったとか。

家康公が目指した天下泰平の世。
いつまでも平和な社会であってほしいというようなことを
最後におっしゃっていました。

慶喜公の三代あとのご子孫の話を聞いて
幕末は遠い話じゃないんだなと思いました。
おそらく「新選組!」を見てなければ
この番組も見過ごしてしまったと思うんですが
なんというか、歴史はつながってる・・と感じましたね。
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by Alice_Wendy | 2004-11-09 23:38 | ツブヤキ
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